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うえの はちろうえもん
上野 八郎右衛門
明治10年(1877)-昭和14年(1939)
功績
氷見・阿尾村の網元の家に生まれ、幼い頃に父を亡くした八郎右衛門は、早くから家業の漁業に従事していました。
氷見は、沿岸海域に大陸棚が発達しており、江戸時代から定置網漁業が行われていましたが、一度網に入った魚が逃げやすいという欠点がありました。
八郎右衛門は、この欠点を解消するため、網口を小さくして魚が回遊する溜まり場を設けた大敷網を考案。この「上野式大謀網」により、漁獲効率を高めることができ、各漁場でも採用されるようになりました。この「上野式大謀網」は、現在の「越中式落し網(大敷網)」の原型となっています。
また、この漁法は、令和3年(2021)に、「氷見の持続可能な定置網漁業」として、日本農業遺産に認定されました。
| 関連サイト | 氷見市サイト「越中式定置網発祥の地・氷見」 |
|---|---|
| ゆかりの地 | 氷見市漁業文化交流センター |
| 参考文献 | 氷見市公式サイト「越中式定置網発祥の地・氷見」 |
| その他特記事項 |
「越中式ブリ大敷網の原案を考案」した功績で、令和8年に開催された「郷土の先賢 展 『寿司といえば、富山』」の13人に選ばれている。 (主催:(公財)富山県ひとづくり財団 共催:富山県教育委員会) |