- ホーム
- 未来つくりびと
- 富山県西部の産業偉人
- 大谷 竹次郎
おおたに たけじろう
大谷 竹次郎
明治28年(1895)-昭和46年(1971)
功績
兄の米太郎が家族を養うために30歳で上京し、体格を生かして相撲界に入門。やがて竹次郎も上京し、兄同様に力士となりました。兄弟は現役当時からかかわっていた酒屋業で開業資金を貯め、引退後、兄がロール製造の下請け工場を開業。竹次郎は、昼は工場で働き、夜は簿記などの勉強をして、兄と共に事業を支えました。関東大震災の発生で工場は全焼しますが、兄弟は持ち前の精神力と体力で工場を再建、鉄鋼製品の製造で事業を拡大し、「大谷重工業」を創業します。
1947(昭和22)年、竹次郎は昭和電極(現SECカーボン)の社長に就任。1962(昭和37)年、電極の直径が大きい「太物電極」の開発と国産化に成功しました。大型の電気炉で鉄素材を溶かし、溶鋼をつくるのに欠かせない電極で、この開発は非常に価値があるものでした。
1969(昭和44)年に竹次郎の熱い思いで、ふるさとである富山に鉄鋼企業「大谷製鉄株式会社」を設立し、初代社長に就任しました。