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たけひら まさたろう
竹平 政太郎
明治41年(1908)-平成15年(2003)
功績
竹平政太郎は、小作農の家に生まれ、貧しいために学校に通わず、母と農作業に励む日々でしたが、小学校を卒業すると、働きやすい職場をつくりたいと工業人になること決意します。
昭和3年(1928)、政太郎は、銅器の着色を行う「竹平着色所」を開設します。そのころ、高岡では、荒井三郎が会社を設立し、砂型鋳造による鍋釡の生産を始めていました。政太郎は、荒井が進めるアルミ加工の将来性に注目し、昭和14年、「竹平製作所」を設立して、アルミ製品の製造を始めました。19年(1944)に、竹平製作所は、北陸軽金属に統合され、政太郎は専務としてアルミ加工業の基盤を築きました。昭和35年、経営をめぐる対立から独立を決意。「地元・得意先・従業員」の三者が協力して発展するという考えで、「三協アルミニウム工業」を設立しました。
政太郎が尽力したアルミ産業は、大きく発展し、高岡の基幹産業となっています。
関連サイト | 「ふるさととやまの人物ものがたり」(富山県教育委員会発行) |
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ゆかりの地 |
KANAYAショールーム 2F 「竹平政太郎 記念室」(高岡市金屋町) 竹平政太郎が「竹平着色所」を創業した場所。 |
参考文献 |
「無私大道 竹平政太郎の軌跡」(青野豊作)ダイヤモンド社 富山県ふるさと人物データベース(富山県立図書館ウェブサイト) |